2026年
5月
18日
月
(No.78)
(高山市国府町広瀬町)
チャッピーに聞いてみたらさ・・・
なんて会話がしばしば聞こえてきます
ここ最近のAIの発達は凄まじいです
書類のひな形でも
ものの数秒で作ってくれて
間違う時もあるので
100%は信用していませんが
とても便利で可愛いやつです
至近にある飛騨国府駅
開業は昭和9年です
同時に高山本線も全線開通しました
車が当たり前でない時代
まさしく「飛騨の夜明け」
どれだけの変化を
もたらしたのでしょうか・・・
世の中の効率化は
どこまで進み、そして果てはあるのか?
若干の恐怖心はありつつも
未来へ期待をしています
担当:青木
2026年
5月
12日
火
(No.77)
(高山市山口町)
高台の倉庫が建つ土地は
北アルプスを控えめに望む
物件調査時
霞がかった薄青空の下
柔らかい日差しと
穏やかに流れる風は
桜の花を揺らしていた
担当:青木
2026年
4月
25日
土
(No.76)
(高山市国府町今)
現代の家が
少なくとも100年先「古民家」として
残るだろうか ?
・・・
それは杞憂であってほしい
家が家であるための機能を果たすため
家は纏うものが多くなった
そう
受動的に・・
吟味された木材
長持ちさせるための工夫
風景に馴染む美しいカタチ
は
シンプルそのもの
それでよかった昔の家造りにも
やはり
施主の重き思考は有り
わが家への愛しさ
そのおもいは現代も変わらない
伝統のカタチに拘る必要はない
「新民家」
と言う定義があるのなら
新民家の古民家
「新古民家」
も然り
100年先の新世代の古民家のカタチ
が
みえてきたような・・
担当 白栗
2026年
4月
23日
木
No.75
(高山市国府町宇津江)
「空から見た我が家の全景」
という写真
どうも昭和から平成にかけて
撮影された自宅の航空写真とのこと
物件調査にお邪魔すると
額装をされて飾られている家を
しばしば見かける
Googleストリートビューの登場は
日本では平成20年
そこから20~30年前の
航空写真たち
確かに当時を生きていた
家族の姿や暮らしぶりを
垣間見ることができる
ある意味貴重な資料に
なり得る気がする
当時、納得の上で購入されたと思うが・・・
後世から
「遺してくれてありがとう」
と思われる日も
そう遠くないのではないかと思う
担当:青木
2026年
2月
02日
月
(No.74)
(高山市上宝町岩井戸)
ネットで注文をすれば
早ければ当日に届く時代
その便利さを享受しながらも
道路があって、車があって、働く人がいて‥等
無事に荷物が届くということは
決して当たり前ではないこと
日々の暮らしで
突発的なトラブルは付き物です
1人の力ではどうしようもできない
そんな時もあると思います
人という字は・・・
持ちつ持たれつ
忙しくて見落とすこともあれど
なるべく感謝の気持ちは忘れず
一日一日を
過ごしていけると
良いなと思います
担当:青木
2026年
1月
22日
木
(No.73)
(飛騨市古川町杉崎)
家には
オーナーの人柄が写り込む
大切にされた家は
穏やかに
良きものを醸し出す
星霜を経て
やがて
素養となる
そう
家の素養であり家の風情になる
・・・
オーナーは左官職人だった
手仕事は
みえるところ
みえないところ
随所にある
想いがカタチとなってある限り
やがて
家の素養となって顕現する
それは明確である
担当:白栗
2026年
1月
05日
月
(No.72)
(高山市下切町)
仕事柄
田畑や山が広がる古民家へ
伺うことが多い故に
住宅街の中のお家へ伺うと
違った意味で新鮮さがある
曖昧にしておいた方が良い部分
キッチリと正確にしなければならない部分
その土地毎にそれぞれ違って
また、人と人を繋ぐ仕事
大変な時もある
優しすぎても厳しすぎても
急ぎすぎても遅すぎても
良い具合のバランス感
難しい所ではあるけれど
少しずつ地道に
進めていけたら
担当:青木
2025年
10月
22日
水
(No.70)
(高山市国府町宇津江)
この家の接面道路
県道479号線
は
古川宇津江四十八滝国府線
と言う
県道は地域性を帯びるから
したがって
名称は長くなりがち
けど
なんとなく趣を携えているところがいい
昭和年代
この道路が整備された後に建てられたこの家は
この道路とともに歩んできた
・・・
時代は変わっても
「在るものは在る残るものは残る」
そんな感覚を
大切にして暮らしていたい
2025年
8月
02日
土
(No.68)
(高山市高根町
子ノ原高原)
「徒然草」
家の作りやうは
夏をむねとすべし
冬は
いかなる所にも住まる
暑き比わろき住居は
堪え難き事なり
・・・
遠い遠い昔しから
先人は
夏の暮らし方
そして
夏の設えを整えてきた
・・・
標高1500メートル
秀峰乗鞍岳の直下
子ノ原高原は
夏の設えを丹念に整えて
「沸騰列島」を俯瞰している
2025年
7月
11日
金
(No.39)
(高山市清見町楢谷
麦島)
麦島は
田圃も畑もあって
かつては
暮らしがあったところ
そして
時を経て
別荘が建つ
程よい距離をもって建つ
時を経ても
自然環境は不変
麦島地区
は
豊かな別荘暮らしを
約束して
2025年
5月
17日
土
(No.66)
(高山市下切町)
人の暮らしを感じることができると
何故か安心感を得られるような
恐らくそれは、人々は昔々から
群れを作って生活することを好んだ故に
本能的にそう感じるのではないかなと思う
そんな人の暮らし感の最たる
建物の真裏にはJR高山線の線路が走る
上枝(ほずえ)駅まで徒歩6分(Googleマップ上)
オーナーさんの話では、数十年前
列車が上枝駅へ到着してからでも
走れば間に合ったとか否か、、、
ちなみに高山駅から上枝駅間は僅か5分
田舎の駅近物件です
2024年
12月
05日
木
(No.61)
(高山市越後町)
標高856.7mの松倉山
その山頂付近に築かれた山城の飛騨松倉城
現在は当時を偲ぶ立派な石垣が残っており
本丸跡からは雄大な北アルプスの山々を
眺めることができます
そんな松倉山を背にして
越後町の家は建っています
建物も敷地も広々と
柔軟な暮らし方を
この地で叶えられる予感がします
2024年
11月
18日
月
(No.60)
(飛騨市神岡町吉田)
神岡カントリーロード(市道)から
山手へ少し上がった所
以前は大工さんが作業所と倉庫として
使っていた
屋根の下ではどんな家を
思い描いていたのだろう
建てられた家の中で
どんな暮らしがあったのだろう
そして人々の最後はどうなったのだろう
それらは長い時間をかけて
育まれていたようで
今振り返れば
どこか刹那的な
暮らしだったのかもしれない
2024年
10月
12日
土
(No.59)
(下呂市小坂町湯屋)
大洞川のせせらぎが心地よい
ここ湯屋温泉の歴史は400年以上前
日本では希少な高濃度炭酸泉が湧出し
古くから湯治場として
飲泉や調理にも利用されてきました
そんな静かで自然豊かな地、湯屋温泉エリア内に
今回ご紹介する物件が位置しています
当時のオーナーさまは
この地を保養所(別荘)として利用していました
田舎で暮らす方は
「ここには何にも無いから」
と、よく話されますが
湯屋の地には、癒しがふんだんにあります
2024年
8月
28日
水
(No.56)
(高山市国府町金桶)
国府町上広瀬を眼下に
周辺を豊かな自然に囲まれた
高台に建つ
ペンキ屋さんの倉庫として
かつて使われていた
建物のリフォームは必要
直しながら見晴らしを
楽しむ
こんな住み方ができる
家になります
2024年
4月
05日
金
(No.50)
(高山市奥飛騨温泉郷平湯)
※情報不足で恐縮です。
詳細はお電話で
白栗携帯
090-4080-9886
画像は物件とは関係ありません
2023年
11月
06日
月
(No.47)
(高山市国府町広瀬町)
オーナーは
会計一筋の人だった
寡黙で誠実で
笑顔の素敵な人だった
国語・歴史書
が趣味の人だった
・・・
家は人の人生を遥かに超えて
残るもの
残すべきもの
・・・
そのことを
家が
寡黙に誠実に
語っている
2021年
10月
01日
金
(No.28)
(高山市高根町野麦)
野麦峠直下の
野麦集落
飛騨も望めば信州も
標高1320メートルの立地
は侮りがたし
でも
暮らす意義は底知れず