2026年
5月
29日
金
№147
(飛騨市河合町大谷)
風は過ぎ行く人生の声なり。
何処より来りて
何処に去るを知らぬ人は、
此の声を聞いて悲しむ
ー 徳富蘆花ー
人生は
吹く風のように過ぎ去る
・・・
瑞々しい新緑
連なる雄大な峰々
光り輝く川面
日々めでる
それも吹く風のように過ぎ去る
・・・
5月の風が川面を下る
この地
先人が
深く狭隘なこの地を選んだわけ
・・・
現代の合理性や価値観だけでは測れない
それは
生き方の根源に触れる問い
・・・
主体となる構造は明治12年築
築後147年になる
人間が造るもの・関わるもので
吹く風のようにたやすく過ぎ去らないものがあるとしたら
「家」
なのかもしれない
この家は
いま
その試行の旅
旅の緒に就いたところである・・
担当:白栗
2026年
5月
27日
水
№145
(飛騨市宮川町林)
築後125年を超える古民家
囲炉裏等の煙で燻された部分と
そうではない部分
時代の変化に合わせて
後年造作された部分
当時の暮らしぶりが随所に見られ
1枚1枚が折り重なるように
暮らしとしての重みを
感じられます
明治37年頃
飛騨地域で電灯が
初めて灯りました
「大正8年8月30日 電気始め」
これは古民家の部材に
当時書かれたであろう
メモ書きです
古民家の歴史は、無言となった今も
確かに語られ続けています
担当:青木
2026年
5月
18日
月
№144
(高山市上宝町蔵柱)
今も昔も平穏に暮らしていくこと
それは誰もが望みながらも
叶う人、叶わぬ人がいたと思う
昔は現代よりも死が身近にあった
故に神仏も生活の中の一部として
より密接に組み込まれていたのだと思う
古民家の中には
沢山の瓢箪
乾燥後吊るしてあるものから
彩色、文字入れがされているもの
無病息災等、縁起物として
祈られてきた思いがあった
そして今、新たな門出を迎え
当地での平穏な暮らしを
再び願う
担当:青木
2026年
5月
14日
木
№142
(飛騨市河合町有家)
明治5大監獄の1つ、旧奈良監獄は
監獄としての役目を一時終えていましたが
ミュージアムやホテルとして転用され
新たな再生の道を辿り始めました
その一方で
日本全国にある歴史的価値のある建築物
保存を望む声が聞こえながらも
維持管理するコスト等が負担となり
解体されてしまう現実もあります
ここ有家の古民家もそう
解体か、残すのか
今、その狭間で持ちこたえ
白栗不動産へ依頼をいただきました
大正12年築、時代をこえてもなお
有家の地に堂々と建っています
担当:青木
2026年
2月
19日
木
No.140)
(高山市上宝町双六)
源流域は飛騨山脈の岩稜
幾筋の清流を集めて西方に下る
双六川は
とにかく美しい
四季折々
加えて何かにつけて
川面をめでる
ただそれだけで癒されて
sold out
2025年
12月
30日
火
№ 139
(飛騨市古川町末真)
むかし
そう
この家が建てられたころには
「野丁場・町場・檀那場」という
いわば
仕事の進め方を話し合う「場」があった
今で言う建築会議のようなものが
檀那場の檀那とはだんな「施主」
「檀那場」
職人は
職人としてのあるべき心構えを具備して臨む場であったろうし
施主は
施主としてのなすべき心構えを真摯に吐露する場であったはずである
尊重と信頼
すべてがいい家造り向けられていた
目に見えるものだけで語られがちな古民家の魅力
そうではなくて
本当は
見えないところに本当の価値があるはずである
・・・
「末真の家」もまた然である
担当:白栗
2025年
12月
01日
月
№118
(高山市朝日町宮之前)
物件調査に伺ったのは8月17日のお昼前
天気は曇りのせいか、温度計は25℃
盆が明ければ涼しくなると・・・
ここ近年の夏を体感すると
確かにそう実感した日だった
冬の話を聞けば
冬は荘川町六厩と並ぶような
寒さだとか・・・
こちらの古民家、何処かの土地から
当地へ移築されてきたとの
目の前には秋神川
川のせせらぎがとても落ち着く
時に荒れることがあれど
穏やかな暮らしがここにはありそうな
そんな姿が、垣間みえた
2025年
11月
20日
木
№136
(高山市滝町の古民家)
「光付け」と言う技術
これは日本の伝統的な木造建築で
例えば自然石の上に木の束を建てる際
石の形に束を削り合わせることを言います
※異素材でも言います
滝町には石切り場の跡があり
「土蔵の土台の石はそこから切り出してきたんやさ」と
「土台の石が光っとるなぁ~」
そんなやり取りの中
石がキラキラ光っている???
ふとそう思ってしまった、、、
現場で得る知見は広がるばかりです^^;
2025年
11月
06日
木
№135
(飛騨市古川町数河の古民家)
晴れの日もあれば雨の日もあるように
良いこともあれば悪いこともある
途中で考え方が変われば
その良し悪しが転じることもある
予想外の大雪に見舞われても
思わぬ満点の星空に感動を覚えたり
冬のスキマ風に震えたとしても
夏の暑さをエアコン無しで過ごせたり、、、
自分にとって何が幸せか?
これは死んでいくまでの間
ずっと探し続けていくのだろう
笑顔のようでその裏には色々あって
最後の最期は笑顔な気持ちで
生きていて良かった!
そう思えたら
2025年
8月
27日
水
№131
(下呂市小坂町大島の古民家)
飛騨小坂駅の開業は1933年(昭和8年)
駅舎は開業当時のまま
木造丸太造りの山小屋風です
時代が変遷してもなお
モダンな印象を感じさせます
そんな駅から徒歩約2分の所に
大島の古民家はあります
1923年(大正12年)築
関東大震災発災の年
当時以降の出来事を実体験として
知ることはできませんが
今日に至るまで
どんな時代を見てきたのだろうか、、、
大島の古民家は
静かに物語ってくれているような
そんな雰囲気を纏っています
2025年
7月
12日
土
№132
(高山市堀端町の古民家)
生きていく上で「正解」とは何だろうか
人それぞれの生き方があり
正解へ導こうとしても
何かの試験のように答え合わせが
できるわけではない
家もそう
営みがなければ劣化を早め
解体するにも費用がかかり
かといって売却しようにも
不安や寂しさ等ある
どの選択が正解だったのか
今の段階ではまだわからないけれど
少なくともオーナーさんが建物を残そうと
その選択を尊重しながら
次の世代に繋げていけたらと思う
Sold out
2025年
6月
11日
水
(No.87)
(飛騨市古川町数河)
見上げ進みゆくと木立の先に家が見えてくる
木立はその家の前庭
やがて
家は美しい立派な古民家とわかる
古民家までのアプローチ
・・・
いなかで暮らすとは季節の色を
知ること
季節とは色そのもの
・・・
咲き誇る桜を愛でる春
輝く山の青さに心躍る夏
乱れ染まる木々に癒される秋
一面の雪に目を細める冬
季節が発散する色は
命の息吹・大地の表情
・・・・
そのすべてがここにある
古民家が纏って
sold out
2025年
3月
15日
土
№128
(高山市久々野町無数河の古民家)
身の回りにある全ての物は
いつ、どこで、誰が、どのようにして作ったのか
それらを知らずして使っていることに
どこか無機質な感情に苛められる
スマホを開けば可能性を無限に感じ
指先一つで新たな知見を得ることもできる
だがそれらを得るための本当の苦労は
知り得ることはできないだろう
可能な限り
外へ出て、空気を肌身で感じ
向き合うことができたなら
2025年
2月
06日
木
№127
(高山市春日町の古民家)
高山市街地の東側、ゑび坂を上がった
通称「空町」と呼ばれるエリアにある
こちら春日町の古民家
空町を流れる江名子川は
かつては高山城を囲む堀の役目を担い
辺りには武家屋敷が広がっていたようです
現在はどこか昔懐かしい街並みが残り
観光地から一息ついたような
そんな雰囲気を感じます
時代と共に街並みも移ろっていく
でもどこか変わらないでいて欲しい
恐らく昭和前期に建てられた
春日町の古民家
再生され、人の営みと共に
月日が流れる光景を
夢見てます
Sold out
2025年
2月
04日
火
№126
(高山市丹生川町日面)
飛騨高山から長野県松本市へ抜ける国道158号
その道沿いに合掌造りの元旅館があります
もともと高山市国府町にあった合掌造りの建物が
当地へ移築され
1970年(昭和45年)旅館として開業
旅館として営業中
修学旅行生の団体宿泊や農業体験
そしてかの有名な映画
「あゝ野麦峠」の出演者たちが
宿泊されたこともあるそうです
そんな歴史ある土地と建物
自然豊かで敷地も広め
様々な可能性が
目に浮かんできます
2024年
12月
09日
月
№122
(高山市高根町阿多野郷の古民家)
国道361号線を長野県方面へ進み
野麦カエデ街道に入って3キロ程車を進めた所
乗鞍岳が見下ろす阿多野郷の集落が見えてきます
2024.12.1物件調査時
屋根には薄っすらと雪が積もり
頬を刺すような寒風と
雪は1mくらい降るよと
これから迎えるであろう冬の厳しさを
少しだけ体感できました
どんなに厳しい冬でも
やがて春は訪れるように
きっとその感動は
この地で暮らした人のみ
知っていることでしょう
2024年
11月
26日
火
№120
(飛騨市神岡町和佐保)
神岡は青いころ(^^;
6年間暮らした「街」
そう 当時でもまだ
「町」ではなく まだ々「街」だった
鉱山パワーで彩られた街は
深い谷合の地でありながら
都会っぽい雰囲気が漂っていた
いい街だった・・・
あれから35年が過ぎいま
「街」から「町」に佇まいを変えた町に
東大の宇宙線研究所がつくられ
ニュートリノ・重力波の研究で
脚光を浴びる町へと変わった
鉱山で日本経済の発展を支えた町は
最先端の基礎科学研究の町となり
さらに歩みを進めるが
いままでもそうであったように
大きな流れがあってもすべてが
同じ方向に進むわけではない
喧騒から距離をとる暮らしがあるように
地に足をつけた暮らし方もある
すすめて「家」
暮らしに家のありようは大切
良い家は必ず守り残されてやがて古き家
・・・
この古民家もまた残るべくしてここに在る
そして
ここに在るのは必然で
一途な大工職人の
豊かな暮らしの場だったからに他ならない
2024年
10月
31日
木
№119
(高山市上宝町蔵柱)
県道からすこし上がった土地に
まっすぐなアプローチ
真南に向くこちらの古民家(本邸)
物件調査時、窓から入る秋の日差しと
テレビから流れるドジャースの試合の歓声は
とても対照的だった
本邸は明治25年築とされ
築後132年という時の中で
どんな景色や家族の会話を
見聞きしてきたのだろうか
移ろう時代に引かれながらも
どこか穏やかな雰囲気を纏っていた
対して平成10年築の別邸は
まだまだ新鮮な佇まい
なにもかもがこれからという印象
元気が溢れ出ていた
sold out
2024年
10月
31日
木
№118
(高山市奥飛騨温泉郷田頃家)
「雰囲気が良い」
それはとてもふわっとした感覚で
人によってその感じ方は
多種多様で常に形を変えていく
その空気のような雲のような感覚は
時として違和感を覚えたり
また同じような所へ戻ってきたり…
大正期に建てられたこちらの古民家
部分的にリフォームがなされてはいますが
特に2階部分、持ち出し(差し出し)造りを含め
内装の雰囲気がとても良いです
どうして雰囲気を良く感じるのか
それを説明することは難しいですが
百聞は一見に如かず
内見のご連絡をお待ちしています
最後に、、、源泉を利用できます※条件あり
sold out
2024年
9月
13日
金
№117
(飛騨市神岡町柏原)
人類は昔々から宇宙に何かしらの
ヒントや憧れを膨らませてきました
古代文明で考えられた「太陰暦」や「太陽暦」も
月や太陽、星から暦を得た方法です
飛騨市神岡町にあるこちらのお家
神岡町といえば、宇宙や物質の謎を
ニュートリノを観測して解き明かすという
ロマンあふれる施設
「スーパーカミオカンデ」で有名です
さて、本題に入ります
こちらのお家
昭和の古民家の雰囲気を纏いながらも
改装や増築により昭和中後期~平成初期の
古民家感と昭和レトロ感を感じる設えです
そして別邸屋上にある
ドーム型の建物
過去、天体観測をこのドーム内から
行っていたとのこと
夜の星空はどんな感じなのだろうか、、、
ワクワクとした気持ちで
お家の物件調査を終えました
2024年
8月
22日
木
№116
(高山市朝日町見座)
感情豊かな私たち人間には
どうしても喜怒哀楽など
様々な感情が日々ついて回る
一時の感情で今の選択を誤ったとしても
実は数年後それが正しい選択だったり
その逆もしかり・・・・
「最近の若者は・・・」
いつの時代でも言われること
時代の移ろいと共に
世代ごとにある一定の価値観が
なされていくと思う
古民家好きにはこちらのお家
ビビビッとくるかと
sold out
2024年
7月
23日
火
№113
(高山市西之一色町)
茅葺といえば白川郷に代表される
合掌の家
家には地域性が色濃く現れ
家が風土を纏っている
特に屋根はとても合理的に
的確に表現している
簡素・簡潔の茅葺屋根
もあれば
上品に美を携えた茅葺屋根
もある
この美しい建物があった場所は不明だが
往時をしのぶことはできる
茅葺の家は
私たちの
原風景であり心象風景
・・・
カタチあるいまに
とどめおきたい sold out
2024年
7月
02日
火
№111
(高山市朝日町万石)
平屋の家
それも
古民家とくれば
しっとり風景に溶け込む違いない
風は
思うがままに通り抜け
季節の庭の花や緑の香り運ぶだろう
四季の陽射しは
深い軒を介して塩梅よく差し込むだろう
そんな時は
内と外の境界が曖昧となって
揺れるひだまり静かな雨音が
一層身近になるだろう
・・・
庭の低木設えは意図してか
今が盛りの
小低花木と宿根草が家に寄り添っている
Sold out
2024年
3月
24日
日
№ 104
(高山市八日町)
訪問(建物調査)の時は前日からの雪
寒の戻りという表現では
全くおぼつかない積雪
落雪設備を整えた屋根から落ちた雪が
うず高く
大きな屋根面積とは言え
やっぱりいかにも降りすぎだろう・・・
うつろい
すべてが移ろう
気候だってそう
・・・
この家もそう
築年明治17年という
華族令が制定された年に産声を上げた
華族令は昭和22年廃止
はじめがあれば 終わりもある
すべてが
うつろって今がある
この家のうつろい
140年の歴史その重みを
纏って・発散して
そして枯れていまは風情
単に移ろってきたわけではないことを
清浄最たる純白を纏って語っている
2024年
1月
20日
土
№103
(高山市清見町三ツ谷)
昭和39年 ここ三ツ谷の土地へと移築された古民家
遠くの山あいに北アルプスを望み
北側の窓には高洞山が映る
良い意味で心が無になれる
そんな土地です
気になる古民家ですが
過去要所要所で改修や修理をなされ、時代に寄り添いながら大事に暮らしてきた
そんな印象を感じました
ファミリーで住むも良し
倉庫を活用して何か手仕事をしながら住むも良し
三ツ谷の古民家は優しく受け止めてくれそうです
Sold out
2024年
1月
13日
土
№102
(高山市久々野町無数河)
古民家に限らずとも
家には
家に対する
オーナーの意図が現れる
家を拝見させていただくとき
いつもかんじること
一階
水廻りはほぼ増築部分におさめ
往時の設えを残すために
二階
現代の設えで整え日々の暮らしのために
オーナーの意図が
横一線の棟瓦のように青空に映える
背筋が伸びる時でもある
sold out
2023年
12月
25日
月
№101
(高山市国府町宇津江)
路(道)にも歴史がある
人馬の路
馬車の路
車の道
つれて
設えも変わってきた
そして
道であるために
そう
道としての機能を果たすため
かつてはどこにでもあった
路の表情
うねり・くねり
がなくなった
それを惜し気持ちは毛頭ない
ただ
この家は
うねり・くねった道の先にある
・・・
sold out
2023年
11月
05日
日
№100
(高山市清見町藤瀬)
青い屋根が青空と重なる
晩秋の低い陽光に際立つ
藤瀬の古民家
昔に一度、移築され現在の場所へ
古い家、故にリフォームは必要
しかしどんな家にしたいか
それは
あなたの世界観の見せ所
ある意味自由な家づくりの予感
・・・
そんなチャンスを得てみたい
sold out
2023年
9月
16日
土
№97
(飛騨市河合町稲越)
昔は
おそらく
茅葺の家だったろう
そして
大正13年にこの家が建つ
見上げ行く
愛しいわが家への小道
アプローチ
は
往時も今も変わらない
・・・
この道はすべて知っている
軽やかな足取り
重い足取り
そう
喜怒哀楽すべてを
そのすべてを包含して
・・・
アプローチは 小道は
人に 家に寄り添っている
2023年
7月
27日
木
№96
(高山市久々野町小屋名)
乗鞍を見晴らすところ
見晴らせるところは
希少そのもの
そう
飛騨の峰々はナイーブ
・・・
だから
見晴らせると
なおさら嬉しい
先人が選んだこの地
乗鞍岳
「乗鞍を見晴らすところ」
・・・
その立地はただそれだけで
2023年
5月
06日
土
(No.95)
(高山市高根町黍生)
「行く河の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず」
方丈記・無常観
―
低い家構え
簡素・簡潔の設えは
意図されたものではなく
風土があって
そして
人が風土を纏って
年月をかけ造りあげたもの
・・・
黍生地区
は
乗鞍岳の直下の地
不動の大自然を前にして
・・・
「閑居の気味もまた同じ
住まずして誰かさとらむ」
sold out
2023年
4月
27日
木
(No.94)
(高山市丹生川町日面)
南向きの
緩やかな斜地
その立地は
農耕のためだけに
ひたすら作物をつくるために
選ばれたわけではない
居宅縁側から
農地を愛でる喜び
春
農作業の手をとめ見上げれば
残雪光る乗鞍
新緑の山々
四季を愛で感じ
暮らす喜び
そして
農耕に勤しむ
・・・
往時の豊かな暮らし
その暮らしぶりを
想像することは難くない
SOLD OUT
2023年
4月
24日
月
(No.92)
(高山市清見町)
とても
優秀なドライバー
プロドライバーだったという
オーナー
心までも形成するに至った
その意識と素養が
随所に!
細部に!
「桃李もの言わず
下自ずからみちをなす」
良きものはものは
良きものを発散する
sold out
2023年
2月
13日
月
(No.89)
(高山市国府町木曽垣内)
仕事をいただいたときに
先ず
対象となる家・土地を
観ること
に
つとめる
先入観を持たずニュートラルに
・・・
大切にされた家
は
大切にされる素養を発散する
そう
こつこと積み重ねられたものだけに
控えつつも
明らかに
sold out
2022年
12月
01日
木
(No.88)
(飛騨市宮川町林)
起源は江戸という
旅籠から旅宿
そして
旅館
呼び名は変わっても
いつも
いつの時代も
旅人に寄り添うことを
生業としてきた
ー
越中街道は林地区
栄枯盛衰
・・・
条理・ことわり
を
蚊帳の外において暮らしたい
sold out
2022年
10月
15日
土
(No.84)
(高山市丹生川町板殿)
朝霧を纏って
静清と建つ
古民家
奥底から
醸し出すものは
自信
そう
ゆるぎない自信
・・・
左官職人の家は
美しい
職人の手の跡が美しい
sold out
2022年
5月
05日
木
(No.76)
(飛騨市神岡町西茂住)
茂住は雪深いところ
ここで暮らした人たち
傍目から苦労と思えることがそうではないこと
「暮らす」とは
一様ではないことを・・・
変わらぬ自然の懐に入ることが
穏やかな人生を育む
2022年
4月
21日
木
(No.73)
(飛騨市古川町数河)
屈指の豪雪地帯
克雪の古民家とくらした人たち
そして
灯した命
確かに覚悟は必要
でも
そんな暮らしに
確かな人生があるのでは
2022年
2月
23日
水
(No.71)
(高山市久々野町)
集落から
ちょっと離れた立地
その
程々の距離感
と
大切に使われた家
その
両方に癒されて暮らす
sold out
2021年
9月
28日
火
(No.66)
(高山市丹生川町曽手)
乗鞍を見晴らすところ
山梨の白い花が咲く
幸の兆しのように
小さな実が約束される
sold out
2021年
5月
12日
水
(No.64)
(高山市荘川町六厩)
築後、正しくは
六厩大野平から移築後
300年以上という歴史を内包して
なおも美しいのは
六厩の自然のように
偉大だからだろう
sold out
2021年
5月
09日
日
(No.63)
(飛騨市河合町有家)
はるか彼方の明治
家造りは
総て手作業だった
気の遠くなるような手間の集大成が
ここにある
sold out
2021年
5月
04日
火
(No.58)
(飛騨市神岡町)
昭和も遠く懐かしい
良き昭和の
造りの良い家は
これからの古民家となる
sold out
2020年
3月
27日
金
(No.45)
(高山市丹生川町)
古民家との出合はいつも感動的!
それは立地であったり
道程であったり
建物そのものであったり
それが揃った家はなかなか無い
sold out
2018年
11月
02日
金
(No.30)
(高山市国府町)
紹介料等を別途申し受けます。他、
解体費、運搬費等が必要となります。
募集中止
2017年
4月
15日
土
(No.13)
(下呂市 萩原町山之口)
飛騨の匠が都へ通った歴史の道県道宮萩原線は
眼下に 最大の特徴は眺望のすばらしさ
2026年
5月
29日
金
№147
(飛騨市河合町大谷)
風は過ぎ行く人生の声なり。
何処より来りて
何処に去るを知らぬ人は、
此の声を聞いて悲しむ
ー 徳富蘆花ー
人生は
吹く風のように過ぎ去る
・・・
瑞々しい新緑
連なる雄大な峰々
光り輝く川面
日々めでる
それも吹く風のように過ぎ去る
・・・
5月の風が川面を下る
この地
先人が
深く狭隘なこの地を選んだわけ
・・・
現代の合理性や価値観だけでは測れない
それは
生き方の根源に触れる問い
・・・
主体となる構造は明治12年築
築後147年になる
人間が造るもの・関わるもので
吹く風のようにたやすく過ぎ去らないものがあるとしたら
「家」
なのかもしれない
この家は
いま
その試行の旅
旅の緒に就いたところである・・
担当:白栗
2026年
5月
27日
水
№145
(飛騨市宮川町林)
築後125年を超える古民家
囲炉裏等の煙で燻された部分と
そうではない部分
時代の変化に合わせて
後年造作された部分
当時の暮らしぶりが随所に見られ
1枚1枚が折り重なるように
暮らしとしての重みを
感じられます
明治37年頃
飛騨地域で電灯が
初めて灯りました
「大正8年8月30日 電気始め」
これは古民家の部材に
当時書かれたであろう
メモ書きです
古民家の歴史は、無言となった今も
確かに語られ続けています
担当:青木
2026年
5月
18日
月
№144
(高山市上宝町蔵柱)
今も昔も平穏に暮らしていくこと
それは誰もが望みながらも
叶う人、叶わぬ人がいたと思う
昔は現代よりも死が身近にあった
故に神仏も生活の中の一部として
より密接に組み込まれていたのだと思う
古民家の中には
沢山の瓢箪
乾燥後吊るしてあるものから
彩色、文字入れがされているもの
無病息災等、縁起物として
祈られてきた思いがあった
そして今、新たな門出を迎え
当地での平穏な暮らしを
再び願う
担当:青木
2026年
5月
14日
木
№142
(飛騨市河合町有家)
明治5大監獄の1つ、旧奈良監獄は
監獄としての役目を一時終えていましたが
ミュージアムやホテルとして転用され
新たな再生の道を辿り始めました
その一方で
日本全国にある歴史的価値のある建築物
保存を望む声が聞こえながらも
維持管理するコスト等が負担となり
解体されてしまう現実もあります
ここ有家の古民家もそう
解体か、残すのか
今、その狭間で持ちこたえ
白栗不動産へ依頼をいただきました
大正12年築、時代をこえてもなお
有家の地に堂々と建っています
担当:青木
2026年
2月
19日
木
No.140)
(高山市上宝町双六)
源流域は飛騨山脈の岩稜
幾筋の清流を集めて西方に下る
双六川は
とにかく美しい
四季折々
加えて何かにつけて
川面をめでる
ただそれだけで癒されて
sold out
2025年
12月
30日
火
№ 139
(飛騨市古川町末真)
むかし
そう
この家が建てられたころには
「野丁場・町場・檀那場」という
いわば
仕事の進め方を話し合う「場」があった
今で言う建築会議のようなものが
檀那場の檀那とはだんな「施主」
「檀那場」
職人は
職人としてのあるべき心構えを具備して臨む場であったろうし
施主は
施主としてのなすべき心構えを真摯に吐露する場であったはずである
尊重と信頼
すべてがいい家造り向けられていた
目に見えるものだけで語られがちな古民家の魅力
そうではなくて
本当は
見えないところに本当の価値があるはずである
・・・
「末真の家」もまた然である
担当:白栗
2025年
12月
01日
月
№118
(高山市朝日町宮之前)
物件調査に伺ったのは8月17日のお昼前
天気は曇りのせいか、温度計は25℃
盆が明ければ涼しくなると・・・
ここ近年の夏を体感すると
確かにそう実感した日だった
冬の話を聞けば
冬は荘川町六厩と並ぶような
寒さだとか・・・
こちらの古民家、何処かの土地から
当地へ移築されてきたとの
目の前には秋神川
川のせせらぎがとても落ち着く
時に荒れることがあれど
穏やかな暮らしがここにはありそうな
そんな姿が、垣間みえた
2025年
11月
20日
木
№136
(高山市滝町の古民家)
「光付け」と言う技術
これは日本の伝統的な木造建築で
例えば自然石の上に木の束を建てる際
石の形に束を削り合わせることを言います
※異素材でも言います
滝町には石切り場の跡があり
「土蔵の土台の石はそこから切り出してきたんやさ」と
「土台の石が光っとるなぁ~」
そんなやり取りの中
石がキラキラ光っている???
ふとそう思ってしまった、、、
現場で得る知見は広がるばかりです^^;
2025年
11月
06日
木
№135
(飛騨市古川町数河の古民家)
晴れの日もあれば雨の日もあるように
良いこともあれば悪いこともある
途中で考え方が変われば
その良し悪しが転じることもある
予想外の大雪に見舞われても
思わぬ満点の星空に感動を覚えたり
冬のスキマ風に震えたとしても
夏の暑さをエアコン無しで過ごせたり、、、
自分にとって何が幸せか?
これは死んでいくまでの間
ずっと探し続けていくのだろう
笑顔のようでその裏には色々あって
最後の最期は笑顔な気持ちで
生きていて良かった!
そう思えたら
2025年
8月
27日
水
№131
(下呂市小坂町大島の古民家)
飛騨小坂駅の開業は1933年(昭和8年)
駅舎は開業当時のまま
木造丸太造りの山小屋風です
時代が変遷してもなお
モダンな印象を感じさせます
そんな駅から徒歩約2分の所に
大島の古民家はあります
1923年(大正12年)築
関東大震災発災の年
当時以降の出来事を実体験として
知ることはできませんが
今日に至るまで
どんな時代を見てきたのだろうか、、、
大島の古民家は
静かに物語ってくれているような
そんな雰囲気を纏っています
2025年
7月
12日
土
№132
(高山市堀端町の古民家)
生きていく上で「正解」とは何だろうか
人それぞれの生き方があり
正解へ導こうとしても
何かの試験のように答え合わせが
できるわけではない
家もそう
営みがなければ劣化を早め
解体するにも費用がかかり
かといって売却しようにも
不安や寂しさ等ある
どの選択が正解だったのか
今の段階ではまだわからないけれど
少なくともオーナーさんが建物を残そうと
その選択を尊重しながら
次の世代に繋げていけたらと思う
Sold out
2025年
6月
11日
水
(No.87)
(飛騨市古川町数河)
見上げ進みゆくと木立の先に家が見えてくる
木立はその家の前庭
やがて
家は美しい立派な古民家とわかる
古民家までのアプローチ
・・・
いなかで暮らすとは季節の色を
知ること
季節とは色そのもの
・・・
咲き誇る桜を愛でる春
輝く山の青さに心躍る夏
乱れ染まる木々に癒される秋
一面の雪に目を細める冬
季節が発散する色は
命の息吹・大地の表情
・・・・
そのすべてがここにある
古民家が纏って
sold out
2025年
3月
15日
土
№128
(高山市久々野町無数河の古民家)
身の回りにある全ての物は
いつ、どこで、誰が、どのようにして作ったのか
それらを知らずして使っていることに
どこか無機質な感情に苛められる
スマホを開けば可能性を無限に感じ
指先一つで新たな知見を得ることもできる
だがそれらを得るための本当の苦労は
知り得ることはできないだろう
可能な限り
外へ出て、空気を肌身で感じ
向き合うことができたなら
2025年
2月
06日
木
№127
(高山市春日町の古民家)
高山市街地の東側、ゑび坂を上がった
通称「空町」と呼ばれるエリアにある
こちら春日町の古民家
空町を流れる江名子川は
かつては高山城を囲む堀の役目を担い
辺りには武家屋敷が広がっていたようです
現在はどこか昔懐かしい街並みが残り
観光地から一息ついたような
そんな雰囲気を感じます
時代と共に街並みも移ろっていく
でもどこか変わらないでいて欲しい
恐らく昭和前期に建てられた
春日町の古民家
再生され、人の営みと共に
月日が流れる光景を
夢見てます
Sold out
2025年
2月
04日
火
№126
(高山市丹生川町日面)
飛騨高山から長野県松本市へ抜ける国道158号
その道沿いに合掌造りの元旅館があります
もともと高山市国府町にあった合掌造りの建物が
当地へ移築され
1970年(昭和45年)旅館として開業
旅館として営業中
修学旅行生の団体宿泊や農業体験
そしてかの有名な映画
「あゝ野麦峠」の出演者たちが
宿泊されたこともあるそうです
そんな歴史ある土地と建物
自然豊かで敷地も広め
様々な可能性が
目に浮かんできます
2024年
12月
09日
月
№122
(高山市高根町阿多野郷の古民家)
国道361号線を長野県方面へ進み
野麦カエデ街道に入って3キロ程車を進めた所
乗鞍岳が見下ろす阿多野郷の集落が見えてきます
2024.12.1物件調査時
屋根には薄っすらと雪が積もり
頬を刺すような寒風と
雪は1mくらい降るよと
これから迎えるであろう冬の厳しさを
少しだけ体感できました
どんなに厳しい冬でも
やがて春は訪れるように
きっとその感動は
この地で暮らした人のみ
知っていることでしょう
2024年
11月
26日
火
№120
(飛騨市神岡町和佐保)
神岡は青いころ(^^;
6年間暮らした「街」
そう 当時でもまだ
「町」ではなく まだ々「街」だった
鉱山パワーで彩られた街は
深い谷合の地でありながら
都会っぽい雰囲気が漂っていた
いい街だった・・・
あれから35年が過ぎいま
「街」から「町」に佇まいを変えた町に
東大の宇宙線研究所がつくられ
ニュートリノ・重力波の研究で
脚光を浴びる町へと変わった
鉱山で日本経済の発展を支えた町は
最先端の基礎科学研究の町となり
さらに歩みを進めるが
いままでもそうであったように
大きな流れがあってもすべてが
同じ方向に進むわけではない
喧騒から距離をとる暮らしがあるように
地に足をつけた暮らし方もある
すすめて「家」
暮らしに家のありようは大切
良い家は必ず守り残されてやがて古き家
・・・
この古民家もまた残るべくしてここに在る
そして
ここに在るのは必然で
一途な大工職人の
豊かな暮らしの場だったからに他ならない
2024年
10月
31日
木
№119
(高山市上宝町蔵柱)
県道からすこし上がった土地に
まっすぐなアプローチ
真南に向くこちらの古民家(本邸)
物件調査時、窓から入る秋の日差しと
テレビから流れるドジャースの試合の歓声は
とても対照的だった
本邸は明治25年築とされ
築後132年という時の中で
どんな景色や家族の会話を
見聞きしてきたのだろうか
移ろう時代に引かれながらも
どこか穏やかな雰囲気を纏っていた
対して平成10年築の別邸は
まだまだ新鮮な佇まい
なにもかもがこれからという印象
元気が溢れ出ていた
sold out
2024年
10月
31日
木
№118
(高山市奥飛騨温泉郷田頃家)
「雰囲気が良い」
それはとてもふわっとした感覚で
人によってその感じ方は
多種多様で常に形を変えていく
その空気のような雲のような感覚は
時として違和感を覚えたり
また同じような所へ戻ってきたり…
大正期に建てられたこちらの古民家
部分的にリフォームがなされてはいますが
特に2階部分、持ち出し(差し出し)造りを含め
内装の雰囲気がとても良いです
どうして雰囲気を良く感じるのか
それを説明することは難しいですが
百聞は一見に如かず
内見のご連絡をお待ちしています
最後に、、、源泉を利用できます※条件あり
sold out
2024年
9月
13日
金
№117
(飛騨市神岡町柏原)
人類は昔々から宇宙に何かしらの
ヒントや憧れを膨らませてきました
古代文明で考えられた「太陰暦」や「太陽暦」も
月や太陽、星から暦を得た方法です
飛騨市神岡町にあるこちらのお家
神岡町といえば、宇宙や物質の謎を
ニュートリノを観測して解き明かすという
ロマンあふれる施設
「スーパーカミオカンデ」で有名です
さて、本題に入ります
こちらのお家
昭和の古民家の雰囲気を纏いながらも
改装や増築により昭和中後期~平成初期の
古民家感と昭和レトロ感を感じる設えです
そして別邸屋上にある
ドーム型の建物
過去、天体観測をこのドーム内から
行っていたとのこと
夜の星空はどんな感じなのだろうか、、、
ワクワクとした気持ちで
お家の物件調査を終えました
2024年
8月
22日
木
№116
(高山市朝日町見座)
感情豊かな私たち人間には
どうしても喜怒哀楽など
様々な感情が日々ついて回る
一時の感情で今の選択を誤ったとしても
実は数年後それが正しい選択だったり
その逆もしかり・・・・
「最近の若者は・・・」
いつの時代でも言われること
時代の移ろいと共に
世代ごとにある一定の価値観が
なされていくと思う
古民家好きにはこちらのお家
ビビビッとくるかと
sold out
2024年
7月
23日
火
№113
(高山市西之一色町)
茅葺といえば白川郷に代表される
合掌の家
家には地域性が色濃く現れ
家が風土を纏っている
特に屋根はとても合理的に
的確に表現している
簡素・簡潔の茅葺屋根
もあれば
上品に美を携えた茅葺屋根
もある
この美しい建物があった場所は不明だが
往時をしのぶことはできる
茅葺の家は
私たちの
原風景であり心象風景
・・・
カタチあるいまに
とどめおきたい sold out
2024年
7月
02日
火
№111
(高山市朝日町万石)
平屋の家
それも
古民家とくれば
しっとり風景に溶け込む違いない
風は
思うがままに通り抜け
季節の庭の花や緑の香り運ぶだろう
四季の陽射しは
深い軒を介して塩梅よく差し込むだろう
そんな時は
内と外の境界が曖昧となって
揺れるひだまり静かな雨音が
一層身近になるだろう
・・・
庭の低木設えは意図してか
今が盛りの
小低花木と宿根草が家に寄り添っている
Sold out
2024年
3月
24日
日
№ 104
(高山市八日町)
訪問(建物調査)の時は前日からの雪
寒の戻りという表現では
全くおぼつかない積雪
落雪設備を整えた屋根から落ちた雪が
うず高く
大きな屋根面積とは言え
やっぱりいかにも降りすぎだろう・・・
うつろい
すべてが移ろう
気候だってそう
・・・
この家もそう
築年明治17年という
華族令が制定された年に産声を上げた
華族令は昭和22年廃止
はじめがあれば 終わりもある
すべてが
うつろって今がある
この家のうつろい
140年の歴史その重みを
纏って・発散して
そして枯れていまは風情
単に移ろってきたわけではないことを
清浄最たる純白を纏って語っている
2024年
1月
20日
土
№103
(高山市清見町三ツ谷)
昭和39年 ここ三ツ谷の土地へと移築された古民家
遠くの山あいに北アルプスを望み
北側の窓には高洞山が映る
良い意味で心が無になれる
そんな土地です
気になる古民家ですが
過去要所要所で改修や修理をなされ、時代に寄り添いながら大事に暮らしてきた
そんな印象を感じました
ファミリーで住むも良し
倉庫を活用して何か手仕事をしながら住むも良し
三ツ谷の古民家は優しく受け止めてくれそうです
Sold out
2024年
1月
13日
土
№102
(高山市久々野町無数河)
古民家に限らずとも
家には
家に対する
オーナーの意図が現れる
家を拝見させていただくとき
いつもかんじること
一階
水廻りはほぼ増築部分におさめ
往時の設えを残すために
二階
現代の設えで整え日々の暮らしのために
オーナーの意図が
横一線の棟瓦のように青空に映える
背筋が伸びる時でもある
sold out
2023年
12月
25日
月
№101
(高山市国府町宇津江)
路(道)にも歴史がある
人馬の路
馬車の路
車の道
つれて
設えも変わってきた
そして
道であるために
そう
道としての機能を果たすため
かつてはどこにでもあった
路の表情
うねり・くねり
がなくなった
それを惜し気持ちは毛頭ない
ただ
この家は
うねり・くねった道の先にある
・・・
sold out
2023年
11月
05日
日
№100
(高山市清見町藤瀬)
青い屋根が青空と重なる
晩秋の低い陽光に際立つ
藤瀬の古民家
昔に一度、移築され現在の場所へ
古い家、故にリフォームは必要
しかしどんな家にしたいか
それは
あなたの世界観の見せ所
ある意味自由な家づくりの予感
・・・
そんなチャンスを得てみたい
sold out
2023年
9月
16日
土
№97
(飛騨市河合町稲越)
昔は
おそらく
茅葺の家だったろう
そして
大正13年にこの家が建つ
見上げ行く
愛しいわが家への小道
アプローチ
は
往時も今も変わらない
・・・
この道はすべて知っている
軽やかな足取り
重い足取り
そう
喜怒哀楽すべてを
そのすべてを包含して
・・・
アプローチは 小道は
人に 家に寄り添っている
2023年
7月
27日
木
№96
(高山市久々野町小屋名)
乗鞍を見晴らすところ
見晴らせるところは
希少そのもの
そう
飛騨の峰々はナイーブ
・・・
だから
見晴らせると
なおさら嬉しい
先人が選んだこの地
乗鞍岳
「乗鞍を見晴らすところ」
・・・
その立地はただそれだけで
2023年
5月
06日
土
(No.95)
(高山市高根町黍生)
「行く河の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず」
方丈記・無常観
―
低い家構え
簡素・簡潔の設えは
意図されたものではなく
風土があって
そして
人が風土を纏って
年月をかけ造りあげたもの
・・・
黍生地区
は
乗鞍岳の直下の地
不動の大自然を前にして
・・・
「閑居の気味もまた同じ
住まずして誰かさとらむ」
sold out
2023年
4月
27日
木
(No.94)
(高山市丹生川町日面)
南向きの
緩やかな斜地
その立地は
農耕のためだけに
ひたすら作物をつくるために
選ばれたわけではない
居宅縁側から
農地を愛でる喜び
春
農作業の手をとめ見上げれば
残雪光る乗鞍
新緑の山々
四季を愛で感じ
暮らす喜び
そして
農耕に勤しむ
・・・
往時の豊かな暮らし
その暮らしぶりを
想像することは難くない
SOLD OUT
2023年
4月
24日
月
(No.92)
(高山市清見町)
とても
優秀なドライバー
プロドライバーだったという
オーナー
心までも形成するに至った
その意識と素養が
随所に!
細部に!
「桃李もの言わず
下自ずからみちをなす」
良きものはものは
良きものを発散する
sold out
2023年
2月
13日
月
(No.89)
(高山市国府町木曽垣内)
仕事をいただいたときに
先ず
対象となる家・土地を
観ること
に
つとめる
先入観を持たずニュートラルに
・・・
大切にされた家
は
大切にされる素養を発散する
そう
こつこと積み重ねられたものだけに
控えつつも
明らかに
sold out
2022年
12月
01日
木
(No.88)
(飛騨市宮川町林)
起源は江戸という
旅籠から旅宿
そして
旅館
呼び名は変わっても
いつも
いつの時代も
旅人に寄り添うことを
生業としてきた
ー
越中街道は林地区
栄枯盛衰
・・・
条理・ことわり
を
蚊帳の外において暮らしたい
sold out
2022年
10月
15日
土
(No.84)
(高山市丹生川町板殿)
朝霧を纏って
静清と建つ
古民家
奥底から
醸し出すものは
自信
そう
ゆるぎない自信
・・・
左官職人の家は
美しい
職人の手の跡が美しい
sold out
2022年
5月
05日
木
(No.76)
(飛騨市神岡町西茂住)
茂住は雪深いところ
ここで暮らした人たち
傍目から苦労と思えることがそうではないこと
「暮らす」とは
一様ではないことを・・・
変わらぬ自然の懐に入ることが
穏やかな人生を育む
2022年
4月
21日
木
(No.73)
(飛騨市古川町数河)
屈指の豪雪地帯
克雪の古民家とくらした人たち
そして
灯した命
確かに覚悟は必要
でも
そんな暮らしに
確かな人生があるのでは
2022年
2月
23日
水
(No.71)
(高山市久々野町)
集落から
ちょっと離れた立地
その
程々の距離感
と
大切に使われた家
その
両方に癒されて暮らす
sold out
2021年
9月
28日
火
(No.66)
(高山市丹生川町曽手)
乗鞍を見晴らすところ
山梨の白い花が咲く
幸の兆しのように
小さな実が約束される
sold out
2021年
5月
12日
水
(No.64)
(高山市荘川町六厩)
築後、正しくは
六厩大野平から移築後
300年以上という歴史を内包して
なおも美しいのは
六厩の自然のように
偉大だからだろう
sold out
2021年
5月
09日
日
(No.63)
(飛騨市河合町有家)
はるか彼方の明治
家造りは
総て手作業だった
気の遠くなるような手間の集大成が
ここにある
sold out
2021年
5月
04日
火
(No.58)
(飛騨市神岡町)
昭和も遠く懐かしい
良き昭和の
造りの良い家は
これからの古民家となる
sold out
2020年
3月
27日
金
(No.45)
(高山市丹生川町)
古民家との出合はいつも感動的!
それは立地であったり
道程であったり
建物そのものであったり
それが揃った家はなかなか無い
sold out
2018年
11月
02日
金
(No.30)
(高山市国府町)
紹介料等を別途申し受けます。他、
解体費、運搬費等が必要となります。
募集中止
2017年
4月
15日
土
(No.13)
(下呂市 萩原町山之口)
飛騨の匠が都へ通った歴史の道県道宮萩原線は
眼下に 最大の特徴は眺望のすばらしさ